平和の祭典

四年に一度開催される五輪。

本来なら去年2020年に開催されるはずだったが、コロナ禍によって翌年に延期。

2021年にはコロナも落ち着いているだろうという予想とは裏腹に、今もなお人々の暮らしに影響を与え続けている。

コロナワクチンによって早期の改善を期待されていたが、今となってはそれも完全な打開策とは言えず。

終わりの見えない不安が生活の困窮へと続いてしまっているのが、今の現状だろう。

死を連想させる連日のマスコミの報道に心はすっかり疲れ切ってしまっているのである。

そんな中でのオリンピック開催は果たして適切なのかどうか

こんなにも開催日が近づいているのにまだ不安視されている。

人の移動の制限するために無観客での開催など、あの手この手試行錯誤によって今回のオリンピックは進められている。

こうあるべきという今までの常識では開催できない、新しいオリンピックを模索しながらの開催。

そういった挑戦を兼ねた開催は、その後にも議論される事になるだろう。今後開催されるオリンピックの礎となることは間違いない。

そういう意味で、未来からの視点とするならばこうとも言える。

この五輪を開催しない訳にはいかない

開催する事によって結果が出て、それに基づいて対策され、次回のオリンピックに生かされる、という流れが出来るからだ。

やってみなければわからない、やって失敗する恐れももちろんあるが成功する可能性もないわけではない。

成功する可能性を高めるために何が出来るか、「どうすればいいか」を考えることが出来る。

もし開催自体を中止するとなれば、多大なる機会損失になる。

人類が成長できない。対応できない。変化できない。

可能性を信じて動くからこそ、希望が生まれ、人々が集まり、力が生まれ、時代が動く。

変化を恐れずに楽しむ

この状況下を一人一人が如何に楽しむことができるか。

開催されたときの楽しみ方、と開催されない時の楽しみ方を両方用意しておく。これが大事になってくると思う。

人は皆死ぬ。この流れはもう少し先の未来になるまで、変えられない。

死ぬことの恐怖に心を奪われ不安になるよりも、今日1日をしっかり生きて全うすることの方が、とても小さい一歩だが確実に前に進める一歩になるはずだ。

と、いうわけでキャンプに行く予定。

連休はオリンピックなど気にも止めず、自然に向き合って自分と対話して来ようと思う。

ソーシャルディスタンスを保ちながら楽しめることを全力で楽しむ、これは誰にも邪魔させない。

邪魔してきても関係ない。

むしろ仲良くなって一緒に楽しめる仲間にしてやる。そのほうがずっと楽しい。

キャンプ当日の天気が少しでも晴れになることを、今はただ祈るばかりである。

雨でも楽しいけど、やっぱ晴れの方が楽しいもんなぁ。

今から楽しみ。

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