本当に必要なものだけを置いた環境を作り上げて、自分をその中に飛び込ませる。
狂気の沙汰に、なる
本当に必要なものだけを置いた環境を作り上げて、自分をその中に飛び込ませる。
狂気の沙汰に、なる
自分は全てのことをしっかりと聞いているようで聞いていないのだなと、改めて痛感した。
そこに自分が全く身に覚えがない状態でも相手が傷ついている。これほど残酷なものはない。
相手は悪くない。悪いわけがない。原因は自分にあるのだから。
だがその原因の自分が全く意識しておらず「無意識であったこと」に気が付いた時に発する謝罪の言葉は、相手にとってその場しのぎの謝罪の言葉と感じられてしまう気がする。
勿論言わないより言った方がいいに決まっているが、本来なら罪の意識から相手へ謝罪の言葉なのだから自分に罪の意識がしっかり持てていないと心からの謝罪にはならない。
自分がとても情けない。不甲斐ない。
どこかで慢心していた。自分はそんなことはしないと。
自分の知らないところで人を傷つける、その前に気が付けるようにするにはどうしたらよいのか。
しっかり考えて生きていきたい。
プログラミング言語の類は忍耐力の試されれる勉強だ。機械の命令して作業をしてもらうという単純なことがとても難しい。
それは言葉の通じない国で、異常なほど文法に細かい無愛想な子供に、その国の言葉と文法を覚えながら、身振り手振りは行わず言葉だけで物事を頼むようなものだ。
例えば「赤いリンゴをかごに入れて、そのかごをテーブルに乗せてほしい」とする。そうすると大体下記のように伝えるだろう。
これは言葉の順序は違えど、結果は一緒。どちらも意味としては通じる。
しかしJavaScriptなどのプログラミング言語は、正しい文法で伝えないと無反応、動いてくれない。
しかも間違ってる個所は教えてくれない。正解は知ってるのにこちらに対してノーヒント。
これを例えるには正に「言葉の通じない国で、異常なほど文法に細かい無愛想な子供に、その国の言葉と文法を覚えながら、身振り手振りは行わず言葉だけで物事を頼む」というのがとても適切な気がする。
自分「 赤いリンゴをかごに入れてそのかごをテーブルに、乗せてほしい」
異国の子供「え、わかんない」
自分「 だから、あそこにある赤いリンゴ、あるでしょ。それをかごに入れてテーブルに乗せるんだよ 」
異国の子供「わかんない」
自分「あれ、わかんないか。どこらへんがわかんない?」
異国の子供「どこがわかんないか、わかんない。」
自分「なんじゃそりゃ…んじゃ、見てて。こうやってリンゴをもって…」
異国の子供「わからない。言葉で教えて」
自分「えぇ~…伝え方間違ってるかな。せめて間違ってる部分がわかれば助かるんだけど」
異国の子供「わかんない」
自分「赤いリンゴをかごに入れてそのかごを、テーブルに乗せてほしい」
異国の子供「わかんない」
自分「赤いリンゴを、かごにいれてそのかごをテーブルに乗せてほしい」
異国の子供「わかんない」
自分「赤いリンゴをかごにいれて、そのかごをテーブルに乗せてほしい」
異国の子供「わかったー」
自分「え、何でわかったの…あ、まさか読点の場所が違っただけ?」
みたいなことになる。しかもこれを異国の言葉と文法を覚えながらやるのだ。やる気が削がれない訳がない。
プログラム言語で挫折する原因の一つはマジでこれだと思う。
幸い今のところ楽しく勉強させてもらっているが、なるべく早く言葉と文法を習得したいものだ。
人間は一日7時間寝るのが精神的にも肉体的にも健康で居られるらしい。しかしここ最近その睡眠時間がおろそかになっている。なぜそうなってしまうのか、自分なりに考察してみた。
池袋の就職支援訓練学校に通い始めて早1か月。クラスメイトにも恵まれ楽しく勉強させてもらってるが、学校の一限目が15時から始まることもあり、今まで生活パターンからかけ離れたため睡眠時間のルーティンが乱れている。
合計すれば7時間寝てるのかもしれないけど、とにかく眠い。この原因は学校のある日とない日で就寝時間が異なるのが原因かもしれない。
この学校がある日ない日で、就寝時間と起床時間が異なるのは、体内時計的にも宜しくないことは前職の時に経験済みだ。前職は休日は寝だめと称して起床がお昼過ぎ、二度寝三度寝は当たり前だった。
その結果、せっかくの休日にもリフレッシュ出来ず、やりたいことも消化できず、休日は「仕事をするための体を休める日」に成り下がる。そうなるとどうなるか。
普段仕事がある日の就寝時刻が遅くなり、毎日の睡眠時間が少なくなり、毎日の目覚めが劇的に悪くなり、仕事中の意識が散漫となる。しかし夜になると元気になって夜更かしする、というルーティンが出来上がる。
しかしある時、その日は仕事が休みなのにいつも通り早起きしてしまったことがある。普段ならそのまま二度寝するのだが、着替えて全部準備して出社直前に気付いたため、そのまま帰って寝るのが勿体なく感じ、そのまま出かけることにした。
いつもなら起床時間がお昼過ぎなので夜になるまでの時間が6時間程度なのに対し、早起きすると倍の11時間ぐらいと劇的に伸びる。11時間もあるとゆっくりする時間も増えて、充実感が増した。
そしてその充実感が増すと、普段の就寝時間が早まり、朝の目覚めもスッキリとし、仕事にもハリが出る。休日も早起きするということは、生活の満足度の底上げに効果があるということだ。
これを踏まえて、今の生活習慣を対策するとするならこうなる。
こんなことろか。結構無理がある気もするが、しばらくやってみて再度調整してみるとしよう。
エアコンの効いた快適な空間にて、アイスコーヒー飲みながらキーボードを叩いてみる。果たしてどんな事が出て来るのだろうか。
「過去に戻ったら何がしたい?」
人間ある程度年齢を重ねるうちに、何度かそんな事を考えた事があるだろう。考え始めると色々な事を考えるが、結局過去は変えられない。変えられるのはこれからの未来を見据えた現在の行動と、そして起きてしまった過去の事実の捉え方、この二つ。
量子コンピュータが作るデータの世界で繰り広げられる近未来アニメには、夢があるが現実性はない。アニメであるが故に許されるしその辺の自由度は作品ごとに違うからこそ、面白いのだがそういうのを見るあまり知らず知らずのうちに潜在意識にまで刷り込まれてしまうことが良くある。というかままでの自分がそれだ。そういう意味では同じ系統のアニメを見過ぎるのは結果として自分の可能性を狭めてしまうことになりうるかもしれない。
昔はSF映画が大好きだった。現在の延長線上にある、まだ訪れない遠い先にあると感じさせられる近未来の物語に心躍ったものだ。しかしその結果、遠い未来ばかりに意識が持っていかれ今現在の自分の身に起こっていることを軽視する傾向が多くなった。未来は大きな転機が訪れる、自分はその主人公なのだと密かに期待してそれをずっと待ち続けている。
しかし変わらない現実に気づき、原因はなんなのかと過去を思い返してみてもそれを改善すると言う考えまでに至る事が少なく、知恵熱が出たあたりで考え疲れてそのまま眠りにつくという工程を何度も何度も繰り返してた。
繰り返す自問自答と自己嫌悪、変えることのできない過去と未来への不安、しかし行動できてない自分。環境を変える、そのためには自分が行動する、行動する際に起こる他者からの批判をどう対処するか。そんなことを自己啓発本やセミナーで勉強した。
自分で勉強したから今この環境に来ている。数年前にはこんなところに居るとは考えもしなかった場所に来ている。
一見簡単そうに見えるデザインほど、そこに行きつくための多大なプロセスがあったんだろうと認識している。
実際のところはほんとにそうかどうかはわからない。知ってるのはデザインした本人だけだ。
良いものを作るのには時間がかかる。
だけど、時間がかかったモノが良いものという保証はない。
今までどれだけそのことに時間を費やし経験して量が多いほど、時間をかけずに良いものを作りやすくなる。
より良いものを世に送り出したい。今はまだ力が足りないが、強くそう望む。
知人に聞いた話によると、人は5つほどの趣味ややることがあると人生が充実するらしい。本当かどうかはさておき自分にもそういうものがあるか考えてみた。
この中で苦手といえば料理がそれだ。今までその環境に身を置いてないし、置く必要もなかったという意味では幸せなんだと思う。
上記5つのことは歳を重ねても続けられつつお金も掛からないモノばかり。だからこそ続けられない理由はない。
黙々と、淡々と。一人ニヤニヤしならがやるだけだ。
そういえばこないだ探してたpcのマウスだけど、さすがにキャンドゥには売ってなかった。二つ隣にあるドン・キホーテにて1300円で購入。お陰で快適にillustratorの作業が出来て有難い。
先日届いたDELL Inspiron 14 5415のタッチパッドでillustraterを操作してみてるけど、圧倒的に慣れが足りてなく使いにくい。微妙な操作感がマウスと違うのが絶妙にストレスを感じる。有線でよいからマウス購入決定。
使いまくって慣れればいいのだろうけど、慣れる前に腱鞘炎になる気がする。体のあちこちに力が入るので疲れやすい。わざわざこの環境下で操作する必要性は今のところ考えなくてよい。
安いマウス。キャンドゥで売ってないかなぁ。
webデザインとはコンテンツの内容がしっかりとパラグラフライティングされた上で、視覚的効果を加える事で伝えやすくわかりやすくする事である。
つまりデザインだけよくても中身に一貫性がないとその価値は少なくなってしまうので、しっかりとした日本語で伝えることが一番大事。
コンテンツを伝えるための一番大事なものは何かというと、それは「日本語」で細かく言うのであれば「文節」。一息で読める文章の長さの文節が理想、その文節が三つくらいで固めて「段落」でまとめると読みやすい。
しかしそういったパラグラフライティングは一朝一夕では身につくことはまずないので、積み重ねが必要となってくる。それの積み重ねに一番よいのが毎日のブログというわけだ。
文章、文節、段落と伝える力を養うには日本語を熟知・習得するのが遠回りのようで近道なのだ。
四の五の言う前にまずは実行してみるとする。
情報操作とはとても怖い。普段の生活の中に当たり前のように存在していて、知らず知らずのうちにそれが普通であるかのような価値を植え付けられている。
情報とは与えられるものが全てではない。疑ってかかるものがより本質を見出すことができる。
よく知らん専門家がああだこうだ解説して、それを聞いてその気になって賢くなった気になって話題として取り上げて、日々を暮らす。そうやって本来もっと考えるべき事から無意識的に逸らされていることも多々ある。
操作されている、ということを常に考えるべきだ。操作去らないためには与えられた情報を鵜呑みにせず、気が済むまで検索することだ。
行動経済学を学ぶことはその罠から自分を守ることになると思う。逆に利用することもできる。
知っておいて損はない。
自己啓発の次は経済行動学、すなわちマーケティングをしっかり真似びたい。
気づきを得れば、普段の生活の中からも学ぶことが出来る、はず笑
常に疑おう。
今日はハローワークへの出所日なので電車に乗って大宮へ。30分ほど話して終了。いつも担当てしてくれてる青柳さんは質問したことにわかりやすく丁寧に話してくれるので有り難い。
その後、地元に戻って一日遅れて墓参り。地域によっては16日が送り盆みたい。
久しぶりに帰ってきたので、車のメンテナンスを兼ねてSSの洗車機にて洗車。タイヤの空気圧チェックすると2.2。規定圧力なので問題ないけど堅めな乗り心地と燃費アップを考慮して規定の一割増しの2.4に設定。
地元に帰ってきたついでに歯医者で定期検診。虫歯はないが、奥歯内側、下の前歯の裏側に磨ききれてない箇所があると指摘。ここ1ヶ月間、生活習慣の変化が起こっているのが要因かもしれない。対処していきたい。
学校以外でもillustratorやphotoshopを勉強するためにlaptopPCを新品で購入。性能・価格・拡張性を考慮した結果、DELLのinspiron5000(AMD)即納に決定。
Ryzen5、8GBメモリ、256GBSSDで9万のところクーポン利用で2割引。displayの色域が狭いのがネックだけど、調整したいときは外部モニター使ってことで。
メモリは1スロット空きがあるので、必要であれば8GB追加するつもり。グラボが載せられないのは残念だが、環境としては必要十分だと思う。大事に使って10年持たせたい。
コロナ禍の影響で失業給付金の特例措置で受給資格が60日伸びたため、7月20日で終わるはずが9月中旬まで受けられるのはとても有難い。しかしそれ以降は収入がなくなるので、バイトをしようと思っている。
そこで注目してるのがランサーズ。バナー制作やwebサイト制作などの仕事を斡旋してくれる。価格は安いみたいだが勉強にもなるので利用してみたい。どのぐらいのクオリティを求められるのか調査していきたい。
目指すはWebクリエイターで独立。そのために動く。動く。