なにごともない

何事のない、普通の1日。

これを幸せと捉えるか、はたまた退屈と捉えるかで心の余裕が変わって来る。

時には幸せと捉えても良いし、時には退屈に感じる時もある。

その時々で感じ方は変わって良いとおもう。

変わっていけないという事はないし、変わらなければならないという訳でもない。

全ては自分次第。

何事かを成す

何かをするためには、とても大きな事をしなきゃならないなんてことはない。

赤ん坊はただ息をしてスヤスヤ寝ているだけで周りの人はよく寝て良い子だね〜って褒めるし、それは子供になっても大人になっても年老いても、ただ息をしてスヤスヤ寝ているだけで褒められるべきであると思う。

しかし実際はそんな事はない。

なぜならそれは至極当たり前、できて当然だからである。

出来て当然な事になると、途端にそのこと自体に価値がなくなる感覚に陥る。

それ普通じゃん、それの何がすごいの、当たり前、といった感じ。

他人の価値観に振り回される

世の中の普通ってのに怯えた生活ってのはなんとも苦しい。

人は例外なく同じ人間は一人もいない、全てオリジナルなのだ。

違って当然。

出る杭は打たれるだろうが、打たれてもまた出ればいい。

それを繰り返してればそのうち打たれることもなくなるかもしれない。

というか打たれるのを怯えてる時間があるなら杭をバンバン出す事に精を出した方がいい。

失敗も成功をすべて自分の養分とすればいいのだ。

自分らしく、生きる必要はない

ただそのまま生きてるだけで良い。

普通に暮らしてればいい。

ただそこに一つだけ、全ての動作、物、場所、人、事に心から感謝の「ありがとう」が言えればそれだけで素晴らしい人生だと思う。

悲しいことがあっても「悲しいことを感じられる自分の心にありがとう」

そう感じることが出来たなら、素敵だなぁと。

今ある環境に感謝しながら、毎日を丁寧に生きていきたい。

そんなことをたまにでいいから思い出したい。

この世の中、全てにありがとうを。

今夜も無事眠れることに、感謝を。

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